infinitear
愛内里菜とか
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ら抜き
ら抜きを嫌う方は多いと思います。
食べれる、見れるなどが、ら抜きの例として「挙げれ」ます。
このら抜き、僕は気になって気になって仕方なかったので自分では絶対にしないようにしようと思ってました。
むしろ人がら抜きをしていたら注意するくらいの勢いです。
カラオケでら抜きの部分に無理矢理「ら」を入れて歌っていた経験もあるくらいです。
しかし、このら抜き、日本語の乱れでもなんでもなく言語学的にはむしろ「ら」を入れる方が不合理だと言うことを最近知りました。
んでその日からわたくし、☆ら抜き大好き☆の旗印を掲げ、徹底的にら入れ(造語)を糾弾する立場に立ったのであります。
別にノンポリってわけじゃないんですよ。
正しいものは認めようってだけで。
これからは誰かに今度ら抜きを注意されたら、逆に言いくるめてあげましょう。

さて、なんでら抜きは合理的なのかを書きます。
ここで、飲むと食べるについて考えます。
両者をローマ字で書くと、nomu、taberuです。
ここでnomuを可能形にするとnomeru、taberuはら抜きの場合は、tabereru、ら入れの場合はtaberareruです。tabereruはnomeruと同様にerを挿入しただけですが、taberareruはarerを挿入しています。
要するにarが余計なのです。
だが以前はnomuの可能形は、nomareru、つまりarerの挿入でした。しかし、現在ではこういう風に言う人はほとんどいません。
また、nomuの受身や尊敬はnomareruです。
つまりarerの挿入にたくさんの役割を持たせすぎたため、可能だけを分離させる方向に向かったのです。
よってら抜きを注意する人は、nomuの可能形もnomeruではなく、nomareruと言わなければ合理的とは言えないわけです。

なんかわかりにくいですね。
まあ一応理論武装しておこうとゆうことで。
とにかく、ら抜きをわたくし推進して行きます!!!!

これでようやく一週間連続で更新かああああ。
にょーん。
自分で自分をほめてあげたいです。(有森裕子)
明日は気分次第・・・。
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